2024.12.9-2025.12.12
- Mai Ishida

- 2025年12月13日
- 読了時間: 4分

愛猫まさおが亡くなった12/9から1年が経ちました。
以降、私の日常は己の余命を数えるような生活を過ごしていました。
昨日12/12に保護猫を迎えました。
「さとる」と命名しました。
またおじさん系の名前にしてしまいました。
まさおが亡くなった当初はかなりペットロスが重症でしたが、月日が経つと段々気持ちが落ち着いてきました。
落ち着いてきました、と容易く書きましたが、なんとなく気持ちを騙し騙し生きてきたような気もします。ロスから回復したのだと自分に言い聞かせていたような気がします。
忙しくすれば悲しみを直視しなくて済むだろうと思い、用事を諸々入れて、TODOがある状態を常にキープしていました。
FP2級に合格しました。
FP3級の勉強をしていた頃、常にまさおが隣にいて見守ってくれたので、上位級を勉強して痛みにカサブタを乗せようとしました。
昔作ったまさおが被写体の写真絵本の内容の個展をして、AIM医学研究所への寄付をしました。猫ちゃんの未来が幸せな世界になることを祈って。
一緒まさお主義を貫くのか、それとも次の猫ちゃんをお迎えするか。個展を終えてからゆっくり考えようと、考えることを先送りしました。
とにかく1年、季節が1周するまでは先のことを決めず、ペンディングにすることで心を調律しようと決めました。
2010年7月、当時勤めていた会社で人事異動でがあり、私は長年住んでいた福岡を離れ上京しました。
自分に問題があったことは承知していますが、都会の仕事や生活のスピードに合わせることがなかなかできず、閉じティブな1年目を過ごしました。
季節が一巡したころ、しんどい難しいと感じていた業務のことが徐々に掴めるようになりました。
1年。今は辛くても1年経った時に見える光景はどうなんだ。
そんな昔の仕事の経験を思い出し、まさおロスは1年1周してから状態を改めて確認しようと決めました。
個展が終わった翌月の11/23の夕方、NHKEテレで放送されていた「ネコメンタリー 猫も、杓子(しゃくし)も。」を偶然目にしました。小説家/蛭田亜紗子さんと愛猫の日々が映像に綴られていました。
番組内で朗読された蛭田さんの書き下ろし短編を耳にすると自然に涙が溢れました。いや、溢れたなんて少量ではなく、涙が滝でした。一緒に番組を見ていた夫と一緒に慟哭しました。
蛭田さんのその書き下ろし短編を聴き、私は内心次の猫を迎えることは罪悪なんじゃないかとずっと思っていたことに気づきました。
猫様をお迎えしていい。まさおの兄弟だと思って迎えればいい。
今迎えたら、おそらく私にとって人生最後の猫ちゃんになると思う。
それでいい、それでいいんだ。

まさおが亡くなってから、お花のサブスクを利用するようになり、手向花を欠かさないようにしていました。
でも、猫ちゃんにとってお花はほぼ毒。さとるが誤って口にしたら大変。
サブスクを休止することに申し訳なさを感じますが、手向花を出さなくなる分、肉体が亡くなったまさおに対して今までの5倍くらい話しかけようと思います。
自分用の某証券会社NISA口座以外に、さとる用の別証券会社特定口座を作って猫医療費積立も始めました(Rポイントをガンガン運用します)
まさおの晩年、医療費が莫大にかかりました。
物価スライドを踏まえると、現金だけには頼れない。インデックファンドでお金を育てていこうと思います。
ペット保険も、以前まさお様用に入っていた会社とは別の会社の商品に加入します。
FP2級を取ったことで、備えの不安から少し解放されました。よかった。
さとるの写真を撮りながら、残りあと2つのプロジェクトに励みます。
あと、編み物。横溝正史の『女王蜂』の神尾先生のように、死ぬまで編み針を持っていたいです。
そして、更年期で太り上げた10kgの肉を減らしたいです。
あすけんアプリを使い始めてから3kg減りました。食前に高カカオチョコレートを食べるようにしました。すると、我慢感少なめで減量できるようになりました。
以前からの運動(ステッパーやNintendo Switchの運動ソフト)も相変わらず続けています。
今の私の生活は余命数えではありません。
谷川俊太郎さんの詩の一節のように、「死ぬまで生きる」です。
人生を楽しみます。