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国籍 



少年隊の東山紀之さんの著書『カワサキ・キッド』を読みました。 川崎の歴史を知る一環でこの本を図書館で借りて読んだのですが、想像を超えた名著でした。

自分の歴史に誠実で、経験を都度自分を動かす力にしていらっしゃる姿勢を尊敬します。 毎日欠かさず新聞を読み、関心を持った記事(主に社会面)を切り抜き、デニムの小袋に入れているそうです。私も新聞好きで、切り取りを保管することがあるので、シンパシーを感じました。

ちなみに私は小泉今日子さんのファンなのですが(その思いは過去のブログでも語っておりました( https://www.mai-ishida.com/post/%E4%BB%8A%E3%81%95%E3%82%89%E3%81%AE%E5%8B%89%E5%BC%B7 ) )

学歴があっても、自分の見解を言語化できない大人が多い昨今(我、反省。。)、東山さんも小泉さんも日々起こる物事に対して常に自分の見解を持ちながら生きていらっしゃる。人としての賢さは責任ある見解を持つことではないだろうかと考えさせられました。


ところで、今回の日記は国籍、在日の方々との思い出について記します。

思い出はたくさんあるのですが、3人の友人知人に絞って記します。


東山さんも著書で在日の方々との思い出を綴っていました。


韓国は福岡との距離が近いです。

私が育った団地の近辺には、在日韓国人の方々が住む団地が2つあります。

そのため、小学校中学校には在日の同級生が当たり前にいました。


彼らとの思い出は、ナショナリティ<パーソナリティであるべきだという見解を、私に強く根付かせました。


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■チーナちゃん

私はとても内気な、他の子よりも頭一つ大きな子供でした。

小学5年生まで学年一大きな子供でした。

(そして5年生以降、全く背が伸びず、現在160cmです。。。)


私が子供だった頃は、第2次ベビーブームで子供が多い時代でした。

5歳の頃、保育園の5歳児クラスの人数が飽和していたため、私とチーナちゃんは

5歳にも関わらず、年長組に配属になりました。

つまりは私、年長組を2年間在籍しました。

あ、イケメンのキムくんも同じく年長組2年在籍でした。


年長組1年目の卒園式で、卒園写真に写ったチーナちゃんキムくん私の顔は微妙にこわばっています。まあ、そりゃそうだ。もう1年年長組をしなければならないのだから。


チーナちゃんと私は、ホントの年長組の同級生たちとはどこか一線を引き、とても仲良く遊びました。私の初めての親友でした。


大人になってからふと、「なんで私達3人が年長組2年コースに選ばれたんだろう」と思うことがあります。

私が選ばれたのはなんとなくわかる。巨人だったし。

でもなんで在日のチーナちゃんとキムくんが選ばれたのだろうと。


チーナちゃんは小学校に上がる前に韓国に帰国しました。

引っ越し後、韓国の結婚式模様の写真のポストカードが私の家に届きました。

「まいちゃんにあいたい」と書いてありました。


エアメールのやりとりは数回で自然消滅しました。

チーナちゃん、今きっと多分、日本語は忘れただろうな。


懐かしのあの人を探せ的なTV番組がたまに放送されますが、もし私が出演者だったら、チーナちゃんと指名するだろうな。

ただ、彼女はもう私のことを覚えていないかもしれない。


会えなくてもいい。ただ元気で生きていて欲しい。


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■Hさん

Hさんは小学5-6年生の時のクラスメートでした。


私達には共通項がありました。

クラスの男子たちにいじめられていたことでした。男子たちが何か気に障ることがあると、私達は標的になっていました。


当時はメソメソしていた私(今だったら言い返す自信が200%あるんだけど)とは違って、Hさんは強かった。

「韓国人のくせにふざけんな! 国へ帰れ!!」と言う男子たちに

「おまえのほうがうるさいんだよ!!!」と言い返し、掃除道具の入ったロッカーから箒を取り出し、男子たちに逆襲していました。


彼女のアイドルは西城秀樹さんでした。

当時チェッカーズ萌えしてた時代だったのですが、私は「う? Hさん、ちょっと世代が前のスターが好きなんだな。渋い趣味だなあ」としか思っていなかったのですが、大人になってから、なぜ彼女が西城さんのファンだったのかをなんとなく察しました。


26歳くらいの頃、前の会社で働きだしたばかりの頃に、バスの中で偶然Hさんに再会したことがあります。天然パーマの髪が背中まで伸び、大人っぽく見えました。


中学校を卒業してから一度も会っていなかったので、私は「う~ん。何から話しかけるべきなのか」と考え込んだのですが、彼女の方から「ねえまいちゃん、今どんな仕事をしているの?」と声を掛けてきました。


返答した後の彼女のコメントが今でも忘れられません。

「面接という面接はほとんど落ちて、今は○○でアルバイトしているの。

 私が私であることとは違う理由で落とされる。」


そのコメントを聞いた時、この再会の前年にあった出来事を思い出しました。

ああ、Kさんがおっしゃっていたことを同じだと。


■Kさん

私は長年勤めた会社で働く前に、短期間ですが旅行会社でアルバイトをしていました。

Kさんはその旅行会社で契約社員として働いていました。


仕事が出来てとても厳しい人だと前情報で聞いていたのですが、なぜか私は可愛がってくださいました。多分、お互い別の部門だったからだと思いますが。夕ご飯を定期的に一緒に食べに行っていました。


彼女の名前は誰が聞いてもすぐに朝鮮籍だとわかる名前でした。


上述のHさんと同じセリフをKさんも言っていました。

「朝鮮学校出ても大検を受け、専門学校で必死に勉強しても、クラスメートはみんな就職できたのに、私だけ就職出来なかった。

でもね、今の会社には感謝しているの。正社員ではないけど、私を雇ってくれた。だから仕事には手を抜かない。頑張るの」と。


私がそのアルバイトを辞めてから1年後くらいだったでしょうか。


Kさんからお別れの連絡がありました。

「私ね、仕事を辞めて、ハワイに住むことにしたの」と。


これが何を意味するのかいうと、朝鮮籍から韓国籍に戸籍を変えたということ。

(そういえば映画の『GO』でも、某登場人物がその手続きを行ってハワイに旅立ちました)

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国籍って、何なんだろう。


Wikipedia先生曰く「 個人が特定の国家に属し、その一国民であるという身分・資格。出生や帰化によって取得する。また、船舶などの特定の国家への所属。 」とのこと。


私は2006年に朝日新聞に掲載された松井秀喜さんの手記の切り抜きを未だに大切に持っています。


「 君は、無理して立ち向かわなくていいんだ。

 学校やクラスにいても楽しくない。仲間にうまく入れない。それなら、それで、別にいいんじゃないかな。だれかがつくった世界に君が入らなければいけない、ということはないんだよ。

(中略)

君をいじめている人がいるとしたら、その人もきっとつらい気持ちでいると思う。だって、人をいじめることが夢なんて人はいないはずでしょう。いじめは夢の遠回りなんだ。その人にも、自分の夢を早く見つけて欲しいと言いたい。後悔するような時間は、短い方がいいからね。

だから、いま君が立ち向かうことはないんだ。」


だれかがつくった世界が100%正しいとは限らない。

世界は非常に不確かな境界線で作られている。主観と先入観のガイドラインで。


チーナちゃん、Hさん、Kさんとの出会いに感謝します。